
英語には、日常的な表現に面白いものがたくさんありますね。



その中でも「Raining cats and dogs」という表現をご存知の方も多いと思います。この表現の由来や他の国の面白い表現についても解説します。
英語表現の不思議さに迫る


英語は多様で豊かな言語であり、表現の幅広さと面白さがあります。言葉遊び、比喩、方言、新しい言葉の創造など、英語の魅力はその多様性と創造性によって支えられています。
言葉の選択肢
英語は非常に豊かな語彙を持っており、同じ意味を表すためにもさまざまな言葉や表現を使うことができます。
例えば、「幸せ、喜び」という意味を表す基本的な単語だけでも、”happy”、”joyful”、 “content” 、”ecstatic” 、”elated” など、さまざまな言葉があります。このような言葉の多様性は、意思をより具体的に表現するのに役立ち、文章を豊かにします。
文法の柔軟性
英語の文法は多くの言語と比べて比較的柔軟です。文章構造や文法規則を適切に使用することで、異なるスタイルやニュアンスを表現できます。例えば、同じアイデアを表すために、肯定文、否定文、疑問文、条件文、命令文、感嘆文など、さまざまな文型を使用できます。
比喩や表現
英語には多くの比喩や表現があり、日常会話や文学作品に面白さを加えています。例えば、”the world is your oyster (この世は思いのまま)” や “it’s raining cats and dogs (土砂降りの雨)” などの表現は、直訳では理解しづらいかもしれませんが、言葉遊びやイメージを生み出すために使われます。
方言と地域差
英語は地域によって異なる方言やアクセントを持っており、文化的多様性が反映されています。アメリカ英語、イギリス英語、オーストラリア英語など、同じ言語でありながら異なる発音や表現が存在し、これらの多様性が言語の面白さを増しています。
シンボルや略語
インターネットとテキストメッセージの普及により、英語には新しいシンボルや略語が生まれました。”LOL”(Laugh Out Loud=大声で笑う)、”BRB”(Be Right Back=すぐに戻ってきます)などの略語はコミュニケーションを簡潔にする一方で、ユーモアや創造性も提供します。
「Raining Cats and Dogs」の由来


土砂降りの雨をなぜ「Raining Cats and Dogs」と表現するのか、ここではその由来を紐解いていきたいと思います。
この表現の歴史
「Raining Cats and Dogs」という表現の歴史については複数の説があり正確な起源は不明確ですが、いくつかの有力な説が存在しています。
猫と犬が屋根の上に住んでいるため
ある説によると昔の家屋の屋根には穴や隙間が多く、猫や犬が屋根を根城にしていました。そして雨が激しく降ると彼らが屋根から落ちてくるように見えるため、「猫と犬が降ってくる」と表現されたと言われています。
古代北欧の神話
もう1つの説によれば、この表現は北欧の神話に由来しており、特に古代ノルウェーの神話に関連していると言われています。北欧神話では、猫は雨を制御する神の伴侶とされており、犬も雨の神であることから、雨が猫や犬とともに降るという表現が生まれたという説もあります。
17世紀イギリスの様子
17世紀のイギリスでは、室内で飼われていた犬や猫が雨の降り注ぐ音に驚いて外に飛び出すことがあるため、これを指して「犬と猫が降っている」と表現された可能性があると言われています。
確かな由来は存在しない?
見ていただいた通り「Raining Cats and Dogs」という表現の由来については諸説あり、そのいずれもが一定の説得力を持っています。しかし確定的な説はなく、どれが正しいかについては議論の余地があります。したがって「Raining Cats and Dogs」という表現の起源については確かな由来は存在しない、と考えるのが適切であると言えそうです。
他のユニークな英語表現


「Raining Cats and Dogs」以外にどのようなユニークな英語表現があるのか見てみましょう。
When pigs fly
「When pigs fly」は文字通り「ブタが空を飛ぶとき」ということで、意味は「絶対に実現しないこと」や「ありえないこと」を指す表現です。この言い方は、何かがとても珍しい状況や、ありえないような場面に遭遇した場合などに使われます。例えば「彼が自分の部屋を掃除するなんて絶対にありえないよ」と言う場合、「When pigs fly he’ll tidy up his room.」という表現を使うことができます。この表現は皮肉や冗談の一環として使われることが一般的です。
I’m all ears
「I’m all ears」 は「私のすべてが耳」が直訳ですが、一体どのような意味でしょうか? これは相手に対して「私は注意深く聞いています」「何か話すことがあれば教えてください」という意味で使われる表現です。会話の相手が何か話したい、質問をしたい、またはアドバイスを求めたいときに、自分が注意深く聞く姿勢を示すために使います。言い換えると、相手の話に対して非常に興味を持っていることを示す表現です。
Break a leg!
「Break a leg!」は、英語で成功を祈るための一般的な祝福の表現です。特に舞台演劇やパフォーマンスの前に使われることがあります。この表現は、直訳すると「足を折ってください」のように思えますが、実際にはそのままの意味ではなく幸運を願っていることを示します。舞台やパフォーマンスの世界では、成功を直接言うことが不吉とされるため、逆説的に「Break a leg!」と祝福するのが一般的です。この表現は、舞台やエンターテインメント業界で広く受け入れられています。
My feet are asleep
「My feet are asleep」 という表現は、「足がしびれている」という意味です。「足がしびれている」ことを「足が眠っている」と例えて表現していますね。これは通常、座っているか横になっている場合など、長い間同じ体勢でいた結果、足に血流が十分に行かず、しびれる感覚を指す言葉です。この表現は日常会話でよく使用されます。
That’s nuts!
「nuts」はアーモンドやクルミなどの堅果(けんか)のことです。英語表現の「That’s nuts!」 は、「信じられない」「とても奇妙だ」といった意味の表現です。この表現は、非常に驚くべき状況、あるいは普通ではない、理解できないときに使われます。例えば、友人が驚くべき出来事を話したときに、「That’s nuts!」と言って驚きを表現することができます。この表現は口語的な会話でよく使用されます。
Adam’s apple
これは「喉仏」のことです。Adamは旧約聖書に登場する最初の人間の名前です。聖書によると、Adamは神の命令に背いて禁断の木の実を食べたために、神から罰として喉仏を与えられたと言われています。そのため、喉仏は「Adam’s apple」と呼ばれるようになりました。一般的には、この用語は解剖学や医学の文脈で使用されます。
英語圏以外の不思議な表現


ここでは英語圏以外の国々の特徴的は慣用句や言い回しを見てみます。
日本
猫の額
「猫の額」は、日本語の慣用句で、非常に狭いことを意味します。猫の額は、人間の額と比べて非常に狭いため、比喩的に狭いことを表す際に使われています。「猫の額ほどの土地」といった使い方をします。
大船に乗ったよう
心配することが何も無く、安心している様子を表しています。語源は、難破しないような大きな船に乗るということから来ています。
猫の手も借りたい
非常に忙しく、些細な手伝いでも望まれるほどに人手が不足していることのたとえです。語源は、猫はネズミを捕る以外に役に立たないということから、人手不足の様子をたとえていうものです。
犬も歩けば棒に当たる
余計な行動を起こせば不幸に出会うという戒めのことです。逆に、思わぬ幸運を手にするという意味でも使われます。
馬の耳に念仏
人の意見に耳を傾けず、心に留めることのない様子を意味します。語源は、馬は念仏の意味を理解できないため、いくら念仏を唱えても、馬には聞こえているだけで、意味が理解できないというたとえからです。
フランス
C’est la vie.(セラヴィ)
日本語で「これが人生だ」「仕方ない」という意味です。良いことも悪いことも、人生にはいろいろなことが起こるものだという諦めや、受け入れる気持ちを表す言葉です。この表現は、フランスの日常会話でよく使われます。例えば、失恋をしたときや、仕事で失敗したときなど、何か悪いことが起こったときに、この表現を使うことができます。また、何か良いことが起こったときにも、この表現を使うことがあります。
Avoir un poil dans la main.(アヴワール アン ポワル ダン ラ メン)
「手を使わないので、手に毛が生えてしまっている」ということで、怠け者や働かない人を指す表現です。また、せっかちで、手間をかけずに物を手に入れようとする人という意味でも使われます。この表現は、努力や労力なしに物事を成し遂げようとする人に対する非難や軽蔑を表す言葉です。
Mettre les pieds dans le plat.(メトル レ ピエ ダン ラ プラ)
日本語で「タブーを破る」「失礼なことを言う」という意味です。本来は、料理を作るときに、鍋や皿を踏んでしまうような、不注意で失敗することを意味します。しかし比喩的に、誰かの感情を傷つけたり、不快な思いをさせたりすることを意味するようになりました。
Tomber dans les pommes.(トンベ ダン レ ポム)
日本語で「気絶する」「気を失う」という意味です。直訳すると「リンゴの中に落ちる」という意味ですが、これは、リンゴが落ちてきて頭を打って気絶するというイメージから来ていると考えられています。この表現は、フランスの日常会話でよく使われます。例えば、誰かが突然倒れたようなときに、この表現を使うことができます。
Appeler un chat un chat.(アペレ アン シャ アン シャ)
文字通りの意味は「猫は猫である」ですが、一般的には、たいしたことのない人々の間では、多少ましな人はもてはやされる、まったく無知な人々の間では、乏しい知識しか持たない人でも天才扱いされるという意味で使われます。この表現は、19世紀の詩人シャルル・ボードレールが「Le Spleen de Paris」の中で引用したのが最初とされています。
Rouler quelqu’un dans la farine.(ルレ ケルカン ダン ラ ファリヌ)
日本語で「誰かをだます」「人を騙す」という意味です。文字通りの意味は「誰かを小麦粉まみれにする」ですが、これは、小麦粉を塗られた人は、目が見えなくなり、騙されやすくなるというイメージから来ていると考えられています。
Les carottes sont cuites.(レ カロット ソン キュート)
直訳すると「ニンジンは煮えている」ということで、日本語で「万事休す」「もう手遅れだ」という意味です。これは、ニンジンが煮えてしまうと、もう元に戻すことができないというイメージから来ていると考えられています。この表現は、フランスの日常会話でよく使われます。例えば、何か悪いことが起こって、もうどうにもならないようなときに、この表現を使うことができます。
ロシア
Белая ворона (Belaya vorona)
「白いカラス」という意味で、周囲と異なる人や、異端者、変わり者という意味で使われます。この表現は、ロシアの文化において、伝統や常識にとらわれない、独自の考え方や行動をする人を表す言葉としてよく使われます。
На воре и шапка горит (Na vore i shapka gorit)
直訳すると「泥棒の帽子が燃えている」となり、悪いことをしている人は、その罪を隠すことができないという意味で解釈されます。この諺は、嘘や不正は必ず白日の下にさらされてしまうという警告を示す言葉です。日本の表現では「天網恢恢疎にして漏らさず」に当たります。
Лучше синица в руках, чем журавль в небе (Luchshe sinitsa v rukakh, chem zhuravl’ v nebe)
「手にあるスズメの方が、空にいるツルよりも良い」ということで、確実なものを手に入れることの方が、不確実なものを狙うことよりも良いという意味で解釈されます。この言い方は、現実的な考え方や、小さな幸せを大切にする考え方を示す言葉です。
Ходить вокруг да около (Khodit’ vokrug da okolo)
「堂々巡り」という意味で、事を遅らせる行動や話を避ける行為を指します。この表現は、ロシアの日常会話でよく使われます。例えば、誰かが何を言おうとしているのかわからないときや、誰かが本題から逸れているときなどに、この諺を使うことができます。
На берегу и у воробья свадьба (Na beregu i u vorob’ya svad’ba)
「岸辺とスズメの結婚式」ということで、誰でも幸せをつかむことができるという意味で解釈されます。この諺は、身分や地位に関係なく、誰でも幸せになる可能性があることを示しています。
中国
画蛇添足 (Huàshé tiān zú)
「画蛇添足」は、蛇を描いて足を添えるという意味です。これは、ある人が蛇を描いて、完成した後に足を足したという寓話に由来します。この寓話は、余計なことをして事態を悪化させるという警告として語り継がれています。
千军万马 (Qiānjūn wànmǎ)
「千军万马」は、数多くの軍隊を意味します。文字通り「千人の兵士と万頭の馬」という意味ですが、一般的には、非常に多くの人数や物事を意味する比喩として使われます。
猫哭耗子假慈悲 (Māo kū hàozi jiǎ cíbēi)
直訳すると「猫がネズミに向かって泣いて慈悲を装う」となります。ある猫がネズミを見つけて、ネズミを哀れんだふりをして、ネズミを近づけさせます。そして、ネズミが近づいてきたら、猫はネズミを捕まえて食べてしまいます。この寓話は、自分の利益のために、他人を哀れんだふりをするという意味の警告として語り継がれています。
珠光宝气 (Zhūguāng bǎo qì)
「真珠や宝石が放つ輝き」という意味です。これは、華やかで豪華な様子を表す比喩として使われます。「珠光宝气」は、中国の古代から使われてきた慣用句です。現代においても、「珠光宝气」は、華やかで豪華な様子を表す比喩として使われます。
杯弓蛇影 (Bēi gōng shé yǐng)
「杯弓蛇影」は、杯の弓の影を蛇と見間違えることという意味です。これは、心配や不安などの心理的要因によって、実在しないものが脅威のように感じられることを表す比喩として使われます。「杯弓蛇影」は、中国の古典小説「晋書」の「楊雄伝」に由来します。楊雄は、ある日、酒を飲んでいるときに、杯の中の弓の影を蛇と見間違えて、驚いて倒れてしまいました。このエピソードは、心配や不安などの心理的要因によって、実在しないものが脅威のように感じられることを警告する寓話として語り継がれています。
まとめ: 英語の表現の奥深さ


英語という言語は、その表現の奥深さと多様性を通じて、文化や歴史を映し出す鏡のようなものです。英語の慣用句や表現は、時代や地域によって異なり、深い歴史や文化的背景に根差しています。これらの表現を学び、日常の会話に取り入れることは、英語を楽しく豊かなものにする1つの方法です。
例えば、「It’s raining cats and dogs」という表現は、英国の歴史的な建物に屋根裏部屋があり、屋根から落ちる雨音が犬や猫のように大きく響いたことに由来しています。このような表現を知ることは、言葉が持つ魅力的な側面を垣間見ることであり、英語を単なるコミュニケーション手段以上のものとして楽しむことでもあります。
毎日の会話で英語独自の表現を活用することは、互いの文化に敬意を払い、相手との共感を深める機会でもあります。「Break a leg!」を舞台の出演者に祝福の言葉として使うことで、舞台芸術に対する尊敬と幸運を願う気持ちが表現されます。
英語の表現の奥深さは、私たちに言語が持つ力と魅力を思い出させてくれます。言葉は単なるコミュニケーションの道具ではありません。文化や歴史と結びついた表現は、言葉の力を最大限に引き立て、人と人とのつながりを豊かにし、深化させてくれるものなのです。



英語の「Raining cats and dogs」だけでなく、色々な国の慣用句や独自の表現を学ぶことができて良かったです。



その国独自の表現には、ユーモアの感覚や価値観といったものが端的に示されるようですね。とても興味深いです。